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職人のための職人〜畝邦弘〜(株式会社ユニーク tel.03-5839-3558)
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やすり・ダイヤモンド工具ならやすり.jp やすり基礎知識 −職人のための職人〜畝邦弘〜

職人のための職人〜畝邦弘〜

家族で守った炉の炎

 やすり製造のメッカ、広島県呉市仁方のやすり職人の息子として生まれた畝邦弘さんにって、むせかえるような暑さを放つ炉、焼けた鉄の匂い、真っ黒な油はいつものそこにある、当たり前の光景でした。やすりの目を切る槌とタガネの音のけたたましい音も子守歌のようなものです。しかし、男女9人兄弟の八番目に生まれ、当時は「家業を継ぐ」ことは考えられないことで、同時に戦後復興が進む時代の熱気も手伝って、東京の大学に進学して「末は博士か大臣か」と夢見ていました。

やすり職人の息子に生まれて

 仁方のやすり作りは江戸時代に梶山万次郎が、江戸でならった技術を広めてはじまったとされます。畝さんの父上は明治31年に生まれ、長じて鑢(やすり)製造業を興します。明治31年といえば司馬遼太郎「坂の上の雲」の主人公の一人、秋山真之が観戦武官として米西戦争を視察した年。当時最強と謳われたロシアのバルチック艦隊を破るのは6年後の話しです。

 歴史とは教科書に載るものだけではないことを知ります。やすり職人の息子として昭和14年に生まれた畝さんは「原爆」を経験しているのです。

 稲妻のようにピカッと光り、ドーンと大きな音がし、入道雲が次から次へと生まれ育っていきます。それが「ピカドン(新型爆弾)」としったのは、広島方面に救助に向かっていた消防団に入っていた長兄からの話しからです。そして次男が「特攻隊」として出征することが決まり、別れの挨拶にでかけていた父母と弟は、その帰路、二次被爆を受けます。
 終戦。しばしの絶望のあと「カチンコン」とタガネが歌う「復興の歌」が聞こえてきました。しかし、畝さんの大学進学はしばし閉ざされることになります。元請けをしていた「本家」が事業に失敗し不渡りをだしたのです。

苦労という種をまく

 蛙の子はカエル。家業の危機に兄弟は学業を停止して、やすりをつくりました。炉を吹き、鉄をうち、目を切ります。3年間無給でがむしゃらに働き立て直したのです。家族の力が「炉」を守りました。そして大学に進み、就職で東京にでてきた畝さんは、結婚を機に「ヤスリ屋」として起業するのは「血」といえるでしょう。
 順風満帆だったことはすべて覚えているのは「苦労」のほうが圧倒的に多いからです。

「苦労という種をまけば、いずれ収穫できる。その繰り返し。人生とはそういうもの」

 と畝さんは振り返ります。
 高度成長期が終わりを告げた頃、あらたな転機が「家族」から訪れました。姉の嫁ぎ先、すなわち「親戚」との「事業合併」です。そして「(株)呉英製作所」が生まれました。畝さんは東京営業所所長として東日本全域を飛び回り、事業発展と共に名古屋営業所を拡大し、本社の開発部長に就任します。

やすり職人のDNAなのか

 定年を機にのんびり過ごそうかと思っていた畝さんの転機はまたしても「家族」でした。引退を決意したものの、老けこむのは早いという思いもあり、戯れに長男の畝還司さんに「起業しないか」と問いかけると「やろう!」と即答です。会社員だった還司さんが「起業」というリスクを背負うことに驚きつつ、これも「畝家の血」かと苦笑いしたことを昨日のできごとのように語ります。ちなみに「還司」の由来は「還元」。社会になにかを還元できる大人になって欲しいとの願いを込めてのことです。

 起業後は会社員時代に培った「ダイヤモンド加工」のノウハウをやすり等に転用したオリジナルの「ダイヤモンド工具」の開発を皮切りに、工具のネット通販、電動カーの輸入販売と社名の通り「ユニーク」に活動の幅を拡げています。そしてその中心にあるのは、最初の起業以来、苦労と歓びを共に歩んだ奥さん、社長として現場を切り盛りする長男の還司さんと奥さん、そして最愛の孫という家族の絆です。

聞き手 宮脇 睦(コラムニスト)
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2017年12月14日(木)
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